「移民社会」を考える Thinking about immigration

中湖 康太

『「移民社会」をどう捉えるか』三田評論2019年7月号特集

三田評論2019年7月号は『「移民社会」をどう捉えるか』を特集している。その中で、「移民社会化から考えるこれからの日本」という識者5人の座談会が掲載されている。少子高齢化・人口減少社会の日本で、移民は避けて通れない重要なテーマである。読んで感じたことを5点ほど述べたい。

過去30年に270万人超にまで急増した移民

まず第一に、移民(在留外国人数)は、1980年代の終わりには90万人台だったのが、2018年末には273万人へと3倍になっている、過去30年で急増しているという事実。移民は将来の課題ではなく、既に現実であること。

移民急増の背景

第二に、移民は、グローバリズムの進展の中で、また日本のデフレ経済の中で、安い労働力への需要により増えてきた面があること。最近では、特に少子高齢化、人口減少の中で、移民の受け入れは避けて通れない課題との認識が高まっていること。

移民をストックとして考える時期に

第三に、移民は、日本の少子高齢化、人口減少社会の中で、フローとしてではなく、ストックとしてとらえる時期になっていること。したがって、移民社会の制度設計が重要な局面にあることである。

市場経済、グローバリゼーションに対する誤解

第四に、座談会識者の発言の中には、グローバリズムと新自由主義を重ね、それを単に資本の論理に基づく、飽くなき利益追求であるかのような誤解があること。「そこで重要なのは経済合理性だけであって、多様性はその副産物でしかない」、「この20年間、大企業が利益を株主への配当金に差し出し、従業員には還元していない。設備投資は大幅減少」などという短絡的、皮相的な理解に基づく意見があること。

年金財政を支える株式配当

別コラムで示したように、株主還元、配当は、まさに少子高齢化で先行きが懸念される、退職後の人々が依るべき年金の資産運用のために十分でなくてはならないものである。

巨額公的債務を支える日本企業の内部留保

また、日本企業が内部留保を増やしている裏には、社会保障費のために大幅な公的債務を支えている面があるということ。少子高齢化で個人部門の貯蓄超過が細る中、日本がギリシャやイタリヤに比べてもGDP比で大幅に上回る公的債務をもちながら、債務危機や通貨危機におちいらないのは、潤沢な企業部門の貯蓄超過があるというISバランス上の理由があることなどを見落としている。国家が債務危機、通貨危機におちいれば、強制的な緊縮策などが必要になり国民の生活水準は大幅に下落することになるだろう。

日本の厳しい所得再配分政策 ー 日本には真の富裕層は存在しえない

新自由主義、グローバル化路線により、ここ30年間、どの国も中産階級が没落していき、格差がどんどん広がっていった、というような発言もある。少なくとも日本について言えば、所得税の累進性の引き上げや相続税の大幅増税により、社会主義ともいえる所得の再配分政策がとられていることには認識が無いようである。

市場経済に代わるものは見当たらない

グローバリゼーションというのは、市場メカニズムが世界のすみずみまで浸透していく事象を示している。市場経済、市場メカニズムに対する批判は様々であるが、市場メカニズムの本質は分権的、民主的、自由主義的なものであり、それに代替するシステムは見当たらないといっても良いであろ。

共産主義が、非民主的、独裁的なものであることは歴史が示すところである。制度主義的なアプローチも、結局のところ制度を設計するのは人間であり、そこには独裁、専制、統制がつきまとうのである。

また、ブリグジットやトランプの保護貿易主義などは、反グローバリゼーションというよりも、グローバリズムの修正、チューニングの過程であるとわたしはとらえている。何事も過ぎたるはおよばざるがごとし、である。

ひとりの豊かさを感じるには人口が大きすぎる日本

第五に、日本の人口減少は、別コラムで記したように、一人あたりの豊かさを求めるがゆえの現象である、ととらえることができること。日本はほぼ同等の国土面積を持つ、独英に比べて人口が5000〜6000万人ほど多い。日本は高度経済成長期に人口が急増した。土地の投入量を所与とすると、そこに投下する労働が多くなればなるほど、限界的な生産力は低下する。実質賃金は限界生産力に等しくなるというのが、需要サイドからみた賃金決定のメカニズムである(古典派の第一公準)。つまり、今日の成熟した日本において真にひとりひとりが豊かさを感じるには、収穫逓減の法則、言いかえれば限界生産力逓減の法則がはたらくがゆえに、労働インプットが大きすぎるのである。という見方が経済学の視点からはでてくるのである。

示唆に富む座談会

第四点は、資本市場に関わる者として、市場経済、グローバリゼーション擁護の視点に傾いてしまった。本座談会は、現在の日本の経済社会が直面する最も重要と言ってもよい課題について、極めて示唆に富む情報、視点、問題意識を提供してくれる優れたものであることを最後に述べておきたい。

8/27/19

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