為替市場からみる異次元緩和の効果と課題(SAJ2017年7月号)

中湖 康太

「為替市場からみる異次元緩和の効果と課題 – 昨秋の円急落が示す副作用」(内田稔 証券アナリストジャーナル編集委員会委員 証券アナリストジャーナル 2017年7月号)

 
 同論考は、昨年(2016)11月の米大統領選後の株式相場、長期金利といったトランプラリーの中での目立った円の下落に着目し、その背後にある異次元緩和(QQE)がもたらす矛盾を明らかにし、QQEのファインチューニングの必要性を指摘したもの。

 但し、基本的には、為替レートというよりQQEがもたらすイールドカーブフラットによる本邦機関投資家の運用難、QQEの持続性の懸念にフォーカスしたものである。以下、誤解を恐れず簡単に要点をまとめ、若干の私見を述べたい(正確、詳細には原典参照のこと)

トランプラリー時の円安の背景

 日銀は、20162月にマイナス金利を導入し、同年9月にその副作用への対応としてYCC付きQQEを導入した。「しかし、現在のイールドカーブの傾きが、銀行や機関投資家にとって十分とは言えず、引き続き外債を主要な投資対象の選択肢」にせざるを得ない状況となっている。円安の背景には、ドル円通貨ベーシススワップ市場のドル資金調達プレミアム(スプレッド)の拡大(=外債ヘッジコスト上昇)とそれがもたらした本邦勢によるヘッジ外しによる円売りがあったとする。

手足を縛られた本邦銀行、機関投資家

 一方で、「17年に入り、金融庁はその外債投資に着目し、一部の地域金融機関への立ち入り検査に乗り出した上で、債券の金利変動に備える新規制を19年にも導入すると報じられている」。また、日銀も「預金利ざやの低下傾向が続く中で、金融機関が収益維持の観点から過度なリスクテイクに向かうことになれば、金融システムの安定性が損なわれる可能性がある」と警戒を強めている。

 内田氏は「外債投資へと依存せざるを得ない状況を招いているのは、依然として投資家目線よりもイールドカーブを低位かつフラットのまま放置している日銀のYCC付きQQEであり、ここに大きな矛盾が存在している」と指摘する。

QQEのファインチューニングとしてのイールドカーブのスティープ化

 結論として、内田氏は、「YCC付きQQEの副作用を一段と和らげるべくイールドカーブの緩やかなスティープ化を促すべきであろう。その結果、超長期ゾーンの国債利回りが上昇すれば、多くの銀行や機関投資家にとって国内債も投資の選択肢に浮上し、外債依存度が低下しよう・・・外債依存度が低下すれば、自ずと通貨ベーシスも縮小・・・ヘッジ外債の投資妙味もある程度維持されよう・・・加えて日銀はベーシスが急拡大した際、国債売現先オペを実施するなど、国債の流動性回復にも配慮すべき・・・」と述べる。

若干の私見

規制緩和の必要性

 内田氏の論考は、主として金融機関、機関投資家の運用の視点からのものであり、その意味では適切な指摘といって良い。但し、ファインチューニングのあり方には異なる意見を持っている。ポイントはマイナス金利政策からゼロ金利政策へのソフトランディングではないだろうか。もっとも世界経済は、欧州、新興国経済など、なお不透明な部分を残しており、時期尚早と言えるかもしれない。

 むしろ検討すべきは、例えば長期保有目的のJ-REITへの投資は、売買目的有価証券ではなく、その他有価証券としての計上を認めるなど、資産運用面での規制緩和ではないだろうか。

QQEの出口戦略の課題

 マイナス金利付きYCC付きQQEの目標は、勿論2%の物価上昇達成である。しかし、私見によれば、金融政策の真の目標は、物価安定と完全雇用の達成であり、日銀は2%の物価上昇にこだわるべきでないと考えている。完全雇用がほぼ達成された今、日銀は確かにマイナス金利・YCC付きQQEの出口戦略を模索すべき時期にあるといえるだろう。

 しかし、出口戦略で最大の懸念は、過度な円高である。それは、ようやく脱却したデフレ経済に再び逆戻りさせる誘因となりかねない。というのも、マーケットは、円高株安デフレ、ドル高株高リフレという強い相関関係を示しており、過度の円高は日銀にとってもっとも避けるべき事象であるといってよいだろう。

円高株安デフレの相関関係

 恐らく、黒田日銀は、マイナス金利の弊害を百も承知であろう。しかし、過度な円高はその弊害を承知の上で、なお避けるべき事象なのである。リスクオフ時の円への投機的需要(円買い)は阻止したい、それがマイナス金利政策の真の意図であると推定している。過度な円高は、株安の要因でもあり、景気、資産価格の両面から強力なデフレ要因である、というのが実感である。

ユーロのマイナス金利の真の目的:為替レート

 ユーロにおけるECBのマイナス金利も、その目標が必ずしも達成されているとは言えないが、その真の意図(ユーロ安誘導)は同様である。(参照:「マイナス金利下のヨーロッパ経済―マイナス金利政策の効果と副作用」(川野祐司東洋大学経済学部教授、証券アナリストジャーナル201610月号)。失業率が異常に高い加盟国を有するユーロにとっては、背に腹は代えられない政策といって良いかもそれない。但し、ユーロには、ユーロ高株安という相関関係は見られないという印象である。ドル高株高ほど強くないにしてもどちらかと言えば、ユーロ高株高という相関関係にあるのではないだろうか。

安定的適正な為替レートは可能か

 適度な円高は避けるべきであるとしても、現在は、過度な円安も避けるべきであるといってよいであろう。本論考でも述べられているが、企業が求めているのは、円高でも円安でもなく、適正なレベルでの安定した為替レートであるといってよい。

フラットなイールドカーブは日本経済の姿

 イールドカーブのフラット化は、確かに黒田日銀のQQEの産物であるといえるが、一方で、それは自然利子率の表れ、つまり日本経済の本来の姿を示している、という見方も可能であろう。

異次元金融緩和は異次元日本経済の反映

 人口減少下にある日本の潜在成長率は0~0%台前半にあるとも推定される。つまり、イールドカーブフラット化は、自然利子率を表した姿であるとも推定される。異次元金融緩和は、人口減少下にある日本経済の異次元実態経済の反映でもあるともいえるであろう。

 (補足)

 ドル円為替レートは、QQEが導入された20134月からQQE拡大の2014年末までは円安が進行した。その後、2%のインフレターゲットの達成が先のばしされる中で、円高傾向に転じる。

 その中で20162月よりマイナス金利導入が決定されるが、皮肉にもむしろ円高は進行する。201610月の日銀の総括的検証により長短金利操作付きQQE(YCC付きQQE)導入により若干円安に振れ、その後はほぼ110円前後で安定する。現在は、米金利上昇、株高により、113~114円台といったところである。

 以上

2017/7/12

 

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