「イールドコントロール」下の資金運用…(SAJ2017年3月号)

中湖 康太

「イールドコントロール」下の資金運用とマクロ的金融システム(SAJ2017年3月号)

著者は元日本銀行預金保険機構財務部長、現大妻女子短期大学教授の玉木伸介氏。20169月の日銀による「総括的検証」のポイントと金融政策が企図するところを整理した上で、「情報生産」に裏付けられた金融機関、機関投資家の資金運用の重要性を指摘した論考。そのポイントをまとめ(正確、詳細には同論文を直接参照のこと)、次に私見を簡単に述べたい。

「情報生産」に裏付けられた金融仲介の重要性

運用難

「潜在成長率や自然利子率(注1)が十分に高ければ、それに応じた実質長期金利が長期的に成立するだろうから、高いリターンを挙げることは容易である・・・しかし、現在の日本のように潜在成長率や自然利子率が低迷するばかりでなく、市場金利が政策によって自然利子率以下に「抑圧」される場合には、十分なリターンは容易に獲得できない。」

(注1)「自然利子率は、『経済が潜在GDPにある時に実現する実質金利』あるいは『完全雇用の下で貯蓄と投資をバランスさせる実質金利』であり、『景気や物価に対して中立的な実質金利』といってもよく、『最近では、概ねゼロ%近傍の低い水準で推移している可能性が高い』と考えられている。」

超低金利下のおける“Search for yield”の罠に注意

玉木氏は、超低金利下のおける“Search for yield”の罠に注意を喚起する。つまり、運用難のなかで、より高い“yield”(利回り)“search”(追求)するあまり、情報生産を欠いたままリスクをとってしまうことに警告を発する。

「情報生産」を怠った代償

玉木氏は、「情報生産」を怠った金融仲介機関の行動の代償として日米の不動産バブルをあげる。80年代後半の日本のバブル経済において、「銀行は、不動産担保さえあれば見境なくといってよいほど安易に融資し、バブルという壮大な無駄とその崩壊後の困難をもたらした」また、2008年のリーマンショックで崩壊する米国のサブプライムバブルでは「欧米の年金基金等が、質の悪い住宅ローンを原資産とする証券化商品、あるいはそうした証券化商品を原資産とする証券化商品を購入した」

結論として、「機関投資家が超低金利に適応していくためには、・・・情報生産に裏付けられたリスクテイクが不可欠である・・・銀行は、マイナス金利の環境下、情報生産を伴わないコモディティー的な信用供与では利益がでなくなっている」としている。玉木氏は、銀行、機関投資家を含めて金融仲介機関としている。 

日銀のオーバーシュート型コミットメント

論考の前半では、13年の黒田日銀の「量的・質的金融緩和」、特に、昨年1月末に導入を発表したマイナス金利政策(NIRP)を経て、9月に、その「総括的検証」を行い採用した「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)付き量的・質的緩和」にいたる経緯を説明し、下記を総括的検証の結果のひとつの柱であると指摘する。

『日本では、他の国に比べて適合的(注2)な要素が強い・・すなわち、過去の物価上昇率に引きずられやすい・・・(適合的な)要素が原油価格の下落などの逆風によって、予想物価上昇率の押し下げに働いたことが、2%を実現できていない原因・・・だから、物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、通貨供給量(マネタリーベース)を増やし続けると約束することにした・・・物価上昇率が期待形成が適合的だから、オーバーシュート型コミットメントをした』(「総括的検証」)

(注2)「適合的」というのは、「過去の物価状況が続くだろう」という予想物価上昇率の決まり方。これに対して「フォアードルッキング」あるいは「合理的」なものは、「インフレ目標達成のために金融政策が取られているのだから目標(2%)に向かっていくだろうというもの。

そして、玉木氏は言う。「このことのインプリケーションは、どのようなものであろうか。金利の水準を低くしておくことは、企業や家計に対しては積極的な支出行動を促すものであるが、投資家にとっては、存立基盤にかかわる重大事である。投資家がミクロの経済主体として、新たな環境への適応をしていくことは当然である。ただ、多くの投資家がミクロ主体としての適応を行うと、金融仲介の変化というマクロ的なインプリケーションが生ずることには注意が必要である」

試論(中湖)

競争優位のチャンス

平均的な金融仲介機関は玉木氏が指摘するように困難な状況に置かれるだろう。優れた金融機関、機関投資家、ファンドマネージャーにとっては腕の見せ所であるといってもよいだろう。言い換えれば、厳しい状況は、差別化のチャンスでもある。創意工夫のある金融仲介機関は競争優位性を発揮する機会でもある。

マイナス金利で姿を消した金融商品

マイナス金利、ゼロ金利政策によって、国債利回りをベースに作られた従来の多くの金融商品、保険商品は姿を消した。新たな発想、商品開発が重要である。

銀行は預金業務から撤退するか?

マイナス金利によって、預金準備にコストが発生するようになり、銀行にとって新規預金は逆ざやとなった。つまり、価格が限界費用を下回ったため、コモディティとしての預金業務から銀行は撤退するインセンティブを持つことになる。

預金にマイナス金利を適用することも考えられる。となれば、預金業務の一部は金庫業務へと変質する。預金にマイナス金利が適用されたときに預金者がどういう行動をとるか予測はつかない。しかし、ビットコインのような電子マネーが日銀券に代わって流通するようになる可能性は高い。日銀は金融政策のコントロールを失うかもしれない。

電子マネーが日銀券にとって代わる?

マイナス金利となっても銀行が預金業務を放棄しないのは、日銀が(限界的な)新規の預金準備金にのみマイナス金利を適用し、既存の預金準備にはマイナス金利は適用していないこと、上記のような電子マネーの台頭により自らの業務が浸食されることに対する保険コストとして見ている、安定的な資金(負債)調達手段として魅力あり、たとえマイナス金利で預金準備を積んでも他の資金調達に比べて(機会)費用が低いこと等が考えられる。

投資機会は豊か

また、日銀のオーバーシュート型コミットメントに対してアービトラージ(裁定)を働かせている投資家、投機筋もいるだろう。 

最大のリスクは、自由な資本市場の機能を封じこめようとするような人為的な規制である。自由な資本市場に投資機会は満載である。

日銀の金融政策については別途試論を行いたい。

以上

2017/3/25

 

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