‘経済学古典を歩く Walking Economics Classics’ カテゴリ

短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-7 Reading Keynes’s ‘General Theory’ by Tanka-6-s-7

2022-03-24
短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-7 Reading Keynes's 'General Theory' by Tanka-6-s-7 (設備能力に余裕がない場合) ---> 完全雇用の場合(KN注) 限界の 使用者費用は 通常の 更新含む 資本減耗 If there is no surplus or redundant stock, so that more units of similar equipment are being newly produced every year either as an addition or in replacement, it is evident that marginal user cost will be calculable by reference to the amount by which the life or ...
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短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-6 Reading Keynes’s ‘General Theory’ by Tanka-6-s-6

2022-03-23
短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-6 Reading Keynes’s ‘General Theory’ by Tanka-6-s-6 – 株式会社ゼネラル・カラー・サービス 中湖康太 経済文化コラム (general-cs.tokyo) 短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-6 Reading Keynes's 'General Theory' by Tanka-6-s-6 今日のミクロ経済学では「使用者費用」、または「限界使用者費用」という用語はでてきません。しかし、ケインズは言います。 「現代の価値理論においては、短期供給価格は、限界要因費用とのみ等しいとするのが慣行となっている。しかし、これは限界使用者費用がゼロである、又は、供給価格が限界使用者費用を差し引いた上での供給価格として定義された場合にのみ正しい。つまり、前述したように、売上収益("proceeds")と総...
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短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-5rev Reading Keynes’s ‘General Theory’ by Tanka-6-s-5

2022-03-21
  短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-5 Reading Keynes's 'General Theory' by Tanka-6-s-5 ケインズは、前述したように、「使用者費用は、古典派理論で見逃されてきた需要なもの」(User cost has, I think, an importance for the classical theory of value which has been overlooked.)、「現代の理論では短期供給価格は、単に限界要因費用に等しいとするのを慣行としてきた」(Now in the modern theory of value it has been a usual practice to equate the short-period supply price to the marginal cost alone.)として議論...
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短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-4 Reading Keynes’s ‘General Theory’ by Tanka-6-s-4

2022-03-16
短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-4 Reading Keynes's 'General Theory' by Tanka-6-s-4 第6章補論 使用者費用(続き) この章は、企業の生産行動についてのミクロ理論であり、そこからマクロ理論につながる視点があります。ケインズのマクロ理論がミクロ経済学に基づくものであることを示しています。 長期なる 供給価格(キョウキューカカク)は 主要(シュヨー)費用 補足費用に リスク費と利子 (基本) Thus the long-period supply price is equal to the sum of the prime cost, the supplementary cost, the risk cost and the interest cost, into which several components it can...
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短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-3 Reading Keynes’s ‘General Theory’ by Tanka-6-s-3

2022-03-14
短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-3 Reading Keynes's 'General Theory' by Tanka-6-s-3 第6章補論 (続き) ケインズは「使用者費用」(user cost)について、補章をもうけ詳細かつ厳密に述べています。これは限界使用者費用が、長期と短期を結ぶ重要な概念だからです。ケインズ経済学が動学的であることをあらわしています。 長期なる 供給価格は その期間 リスクに見合う マージン含む In order to yield a normal profit, the long-period supply price must exceed the long-period cost thus calculated by an amount determined by the current rate of interest on l...
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短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-2 Reading Keynes’s ‘General Theory’ by Tanka-6-s-2

2022-03-13
短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s-2 Reading Keynes's 'General Theory' by Tanka-6-s-2 ケインズは「使用者費用」(user cost)について、補章をもうけ詳細かつ厳密に述べています。これは限界使用者費用が、長期と短期を結ぶ重要な概念だからです。ケインズ経済学が動学的であることをあらわしています。 限界の 産出物の 生産に 限界非投資/資本減耗(marginal disinvestment) 考慮すべきぞ We have to allow for the marginal disinvestment in the firm's own equipment Involved in producing the marginal output. 限界の 使用者費用を ゼロとして 想定するは 適切で無し 限界の 産...
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短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s Reading Keynes’s ‘General Theory’ by Tanka-6-s-revised

2022-03-11
短歌で読むケインズ「一般理論」-6-s Reading Keynes's 'General Theory' by Tanka-6-s-revised ケインズは「使用者費用」(user cost)について、補章をもうけ詳細かつ厳密に述べています。これは限界使用者費用が、長期と短期を結ぶ重要な概念だからです。ケインズ経済学が動学的であることをあらわしています。 第6章 補論 使用者費用(ユーザーコスト)について 古典派で 見逃されたる 概念に 限界的な 使用者費用 User cost, i.e., the marginal disinvestment in equipment due to the production of the marginal output can generally neglected, I think, has, an importance ...
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短歌で読むケインズ「一般理論」-1 Reading Keynes’s ‘General Theory’ by Tanka-1

2022-03-10
短歌で読むケインズ「一般理論」-1 Reading Keynes's 'General Theory' by Tanka-1 序 Preface 古典派の 経済学の 誤りは 明確性/一般性の 欠如なりけり 古典派の 経済学の 誤りは 論理ではなく 明確性/一般性(セー)の無さ If at fault is orthodox/the classical economics, it's in a lack (of clearness and) of generality in the premises. 今我(ワレ)が 攻撃をする 古典派は 我(ワレ)長年に 説(ト)ける説(セツ)なり I myself held for many years with conviction, The theories which I now attack in th...
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リカード「経済学原理」を歩く-147 土地税(Land Tax)-13 セイの誤り-2-2

2019-08-20
【コメント】リカードは、地代を考慮すれば資本の利益率は同じであり、また税を実質的に負担しているのは、生産者ではなく消費者であるとする。セイの誤りは、地代を考慮にいれていないことであるとしている。 (訳) セイ氏のここでの誤りは、これら農業者2者のうち、一方の生産物の価値は、資本を回復させた後に、他方の生産物の価値はよりも大きく、耕作者たる両者の純収入は、その差だけ違ってくると仮定していることにある。セイ氏は、これら耕作者が支払わなければならに地代の違いを考慮にいれることを、完全に見落としている。同一の用途に対して2つの利益率があるということはあり得ない。したがって、同一の資本に対して生産量が異なるときは、異なってくるのは地代であり、利益ではない。2000フランの資本をもつある人が、その利用によって10,000フランの純利益を得ることができ、8000フランの資本を持った他の人が4000フ...
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リカード「経済学原理」を歩く-146 土地税(Land Tax)-12 セイの誤り-2-1

2019-08-14
【コメント】リカードは、土地税に関し、セイを引用し、その誤りを指摘する(次回) (訳) 「隣地が、牧草地、森林地で、年間12,000フラン相当の生産物をもたらし、その費用がわずか2000フランにしかならないとすると、隣人は年間10,000フランの純収入を得ることになる。土地の生産物の12分の1は、どんなものであれ徴収する、という法律がある。この法律によって、第1に、1000フラン相当の穀物が徴収され、第2に、1000フラン相当の干し草、畜牛、木材が徴収される。何が起こったか? 当人からは、純所得4000フランの4分の1が徴収される。その所得が10,000フランだった隣人からは、その10分の1だけ徴収される。所得は、資本を完全に使用前の状態に回復させて残った純利益である。商人は、1年間の全売上に等しい所得を得るだろうか?多分、得ないだろう。彼の所得は、前払い分を上回った売上の部分に過ぎ...
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