アナリスト出門甚一の冒険 鈴木商事の貴金属トレーディング巨額損失

その日の早朝、出門は携帯端末のアラーム音で目がさめた。出門のカバーする大手総合商社の鈴木商事が貴金属トレーディングで5,000億円の巨額損失を被ったとのニュースが、ニューヨークで報道されたからである。電話の向こうは、ニューヨークセールスのカレンだった。

「甚一、ごめんなさい。でもあなたをおこさなちゃならないの。鈴木商事が貴金属トレーディングで50億ドルの損失を被ったとのニュースが流れているの。あなたの鈴木商事の株価に対する評価を聞きたいの」”Jinichi, I am sorry. But we need to wake you up. It’s reported that Suzuki Trading Co. incurred $5 billion significant losses, because of its precious metal trading. We want to know your view on Suzuki’s share price.“

アナリストにまず要求されるのは、それが企業経営にどういう影響を与えるか、業界にどういう影響をあたえるか、日本経済、また世界経済にどういう影響をあたえるか、そして従業員にどういう影響を与えるかではない。株価にどういう影響を与えるかだ。それも、瞬時に応える必要がある。じっくりと調べてから翌日に、ましてや1週間後などというのは許されない。求められるのは、ほぼ瞬時ともいってよい適切な推定だ。

株価にどういう影響を与えるのか、それが最優先にされるのだ。巨額損失を被った以上、株価は下がるのは当たり前だ。問題は、紙くずになるのか、つまり破綻するのか、そうでなければどのぐらい下がるのか、どこまでいったら下げ止まるのか、買うとすればどの程度の株価で買うのか、ということである。

「カレン、わかった。見てみる。少しだけ待ってくれ。コールバックするよ」”Understood, Karen. Give me a few seconds. I will look into it and call you back soon.”と答えた。

出門は、UPGのシステムにサインインした。まず、ニュース、そして鈴木商事の投資家情報のページをチェックした。鈴木商事は、推定5,000億円の損失をリリースしていた。そして、基本的にはポジションをクローズ、つまり損切しているとのコメントがあった。その業績への影響については検証中であると記されていた。

出門は、次の3つのステップで株価のレビューを行った。まず、第一に財務への影響。出門はバランスシートの分析を重視している。それは会社の体力を示しているからだ。鈴木商事の純資産は約2兆円だ。5000億円の損失は純資産の25%である。倒産リスクはないといってよい。

第二に、P/L、つまり収益力への影響だ。セグメント情報を見る。貴金属トレーディングは、鈴木商事の税引き前利益約1500億円の10%を占めている。生活産業など非資源事業の割合は全体の50%である。つまり、鈴木商事の収益源は分散化されており、痛手ではあるが致命傷になるとは言えない。

第三に、今後の競争力への影響である。5000億円の損失は、今後4年程度でリカバリーできるだろう。財務力の低下で仮に格付けが下がったとしてもその影響は年間50億円程度を勘案した。さらに詳細に見るべきところはあるだろう。しかし、キーポイントは以上と判断した。

出門は、以上の分析を約5分で終えた。カレンにコールバックした。

「カレン、待たせた。この損失は、大きいが鈴木商事の致命傷にはならない。株価は、前日の1200円から30%程度下落すると見ている。現状では、適正株価は、800円程度と推定される。以上」”Karen, sorry for keeping you waiting. In my view, the stock price will decline about 30%. Fair value is estimated to be around JPY800 per share. That’s it.”

鈴木商事の株価は、その日の東京株式市場で、ストップ安の900円で引けた。その翌日、800円で安値をつけ、840円の終値をつけた。

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