フィンテック特集:オルタナティブ投資ジャーナル2018冬号 (Journal of Alternative Investment, Winter 2018)を読む

中湖 康太

オルタナティブ投資ジャーナル2018冬号フィンテック特集(Reading “Journal of Alternative Investment, Winter 2018” featuring FinTech)を読む

アジアが主導

直近のJAI (Winter 2018)は、フィンテックを特集している。フィンテック(FinTech)とは文字通り、金融(Finance)とテクノロジー(Technology)の統合を表す。今日のメガバンクが提供するネットバンキングや、インターネット証券が登場したときも、ネットは金融との親和性が高いと言われた。FinTechとはさらに進めて、金融をブロックチェーン(分散型台帳処理)、IoT、AI等と統合する動きである。

内容に入る前に注目するのは、まず第一にFinTech特集にあたり、いつものチーフ・エディターであるホッセイン・カゼミ(Hossein Kazemi)に加え、ゲストエディターとして、シンガポール大学教授(社会科学)であるデービッド・リー(David Lee Kuo Chuen)が務めているいること、第二に、フィンテック関連の6本の論文の主筆のすべてシンガポール、中国、米国のアジア系の研究者によるものであることである。フィンテックがアジアで関心が高く、隆盛してきていることを示している。

簡単に各論文を見た上で、感想を述べたい。

(1)「フィンテックとオルタナティブ投資」(“FinTech and Alternative Investment”, David Lee, Professor of Singapore University of Social Science)

ブロックチェーン(分散型台帳技術)が、6つの点で投資家にとって魅力があると述べている。①仮想アセットは(伝統的アセットに対して)負の相関性を持ち、時価総額が小さいため投資家に十分保有されていないこと、②ブロックチェーンは、その透明性のゆえに社会貢献型ファンドの泣き所を補ってくれること、③ICOs(Initial Coin Offerings: コインの公開)は、スタートアップ企業の泣き所であるグローバルな資金調達を可能にすること、④ICOsとその分散された市場は、早期投資の非流動性を解消してくれること、⑤ブロックチェーンは、フィナンシャル・インクルージョン(金融包摂; 貧困層などあらゆる階層に金融サービスを提供すること)では取り込めなかった新しいアセットクラスであること、⑥ブロックチェーンをベースにしたデジタルアセットは少額投資、断片的投資を可能にし、年金ファンドの運用の助けになること。

(2)「仮想通貨は新しい投資機会か?」(“Cryptocurrency: A New Investment Opportunity?”, David Lee, Li Guo, and Gavin Liu)

投資商品としてのビットコインのリスクリターン特性について考察している。加えて、データの制約で慎重に見る必要があるが、スタートアップ企業の新しい資金調達方法を提供していると述べている。

(3)「フィンテックはIoT & AIと結合し、銀行に挑戦する既成業者はどう対応すべきか」(“FinTech is Merging with IoT & AI to Challenge Banks – How Entrenched Interests Can Prepare”, Paul Schulte, the Founder and editor of Schulte Research in Hong Kong, and Gavin Liu)

センサー、通信容量、処理、蓄積の価格破壊により、新興企業はスタティックデータの世界から解放される。新しいリスク科学、データマネジメント、クレジット分析、保険プーリング、取引、トレーディングが超低コストで提供される。IoTAIがリスクに関わる意思決定を行うようになる。多くの伝統的金融機関はこのような変化に対応できずにいる。

(4)「マシン・ラーニング・アルゴリズムでETFsを予想する」(“Forecasting ETFs with Machine Learning Algorithms”, Jim Kyung-Soo Liew, Assistant Professor in finance at the Johns Hopkins Carey Business School, and Boris Mayster)

13か月の期間の上場ETFのパフォーマンスの予想は機能する、但し日次での予想を難しい、と述べる。そして、マシン・ラーニングで実務家のリターンを改善できる可能性を指摘している。

(5)「ロボ・アドバイザーとウェルス・マネジメント」(“Robo-Advisors and Wealth Management”, Kokfai Phoon, Associate Professor at the Singapore University of Social Sciences (SUSS), Francis Koh)

ロボ・アドバイザー(RA)により運用管理される資産(AUM)は急成長している。RAは、その競争的なプライシング、透明性、効率的なサービス、より良い期待リターンの提供により、伝統的なファンド、ウェルス・マネジメント業界に脅威を与えている。伝統的な運用機関は、新しい統合されたサービスをより低コストで提供することで対応することになるだろう、と述べる。

(6)「何が草原火災をひき起こしたか? 中国におけるマーケット・プレース貸付の分析」(“What Starts the Prairie Fire? An Analysis of Marketplace Lending in China”, Shenglin Ben, Dean of the Academy of Internet Finance at Zhejiang University in Hangzhou, China, Dan Luo, Jiamin Lv)

中国で急成長するマーケット・プレース貸付について、中国に絞ってその歴史、現状と今後の展望を行っている。成長のドライビングフォースとして、①強度の金融抑制、②伝統的金融の非効率性、③テクノロジー革新、③契約者配当、④規制による裁定機会の存在などをあげている。中国のマーケット・プレース貸付は2016年の試練を経て、現在新たな段階へ移行しつつあり、その動きは加速している。臨海部に浸透し、業界の集中度は高まっている。さらにオフショアに進出しようとしている。

 感想

ゲストエディタ―であるシンガポール大学教授のデービッド・リーは、以上の論文を包括的ではないが、フィンテックの現状を今後を考える良い示唆となると述べている。全くその通りであろう。

フィンテックの台頭は、投資家に大きな便益

フィンテックの台頭は、投資家/ユーザーに大きな便益をもたらしている。まず①ユーザーにとって選択肢が増えた、②高いフィー(手数料)の低下につながっている、③より効率的な分析、執行、管理が可能になった。これらは、いうまでもなく、伝統的な銀行、証券会社、資産運用会社には大きな競争脅威になっている。

投資家の自己責任が重要

一方で、ユーザー側にも、業者の選別、金融商品の選択など、自己責任がより求めらるようになっている。ユーザーとして同質のサービスであればフィーの安いフィンテック業者に注文を出すであろう。但し、コストだけが全てではない。やはり信頼性が重要であろう。このバランスを考えながら選択することになる。

伝統的金融機関のとるべき対応: 顧客第一主義(“Client Interest First.”)

フィンテック企業と伝統的金融機関の関係でいえば、ユーザーとしては、同質のサービス、商品であれば、低コストでかつ信頼のおける企業を選択する。いうまでもなく伝統的金融機関だけしか提供できない、金融商品やサービスがある。ユーザーとして伝統的金融機関を選ぶのはそのような時である。逆に言えば、FinTechで代替できる商品やサービスであれば、信頼性の高いFinTechを使うことになる。

伝統的金融機関(銀行、証券、運用会社)のとるべき対応は、①FinTechを敵視せず、顧客の視点からFinTechを考えるということ。②自らでなければできないような商品、サービスを提供すること。③FinTechで代替されるべきサービスは思い切ったコスト削減をすること。そして、何よりも重要な視点は、④「顧客第一主義」である。顧客ニーズ、競争状況を的確にとらえ、それに前向きに対応していくこと。

JPモルガン・チェースのCEOジェームズ・ダイモン(Jamie Dimon, CEO, JP Morgan Chase & Co.)は、「我々は顧客に仕えるためにここにいる」(”We are here to serve our clients.”)と言っている。それが生き残るために最も重要な視点であろうし、ユーザーとして期待することである。顧客視点を失い、FinTechをただ敵視したとき、その企業の将来は無いであろう。

厳しいフィンテック企業間の競争

最後に、フィンテック企業と伝統的金融機関の競争関係がクローズアップされることが多いが、実はフィンテック企業間の競争もまた激しいということである。FinTech企業の中でもより良いサービス、より信頼のおける業者を選択することになる。

Kota Nakako

March 9, 2018

 

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