Notes on Ricardo’s Principles 61 Wages 14 賃金

中湖 康太

【コメント】リカードは救済法の弊害を続けて述べる。歴史を見れば、経済社会は、競争の重視、福祉、社会保障の重視を相互にくりかえしている。市場経済と計画経済、資本主義と社会主義、共産主義という形でとらえることもできる。やや古い言い方になるかもしれないが、わたしたちは混合経済(市場経済を中心としながら計画経済を部分的に導入した混合システム)の中に生きている。競争的市場経済を軸としながら、戦略的、裁量的な政策、規制を導入し、最適な状態を模索している。

話はややそれるが、都市のあり方を考えると、競争と規制(計画)の相互のフィードバックが必要になることがわかる。基本的に都市は競争的市場経済の原理で生成、発展する。しかし、自由放任にしておいていたらスプロールが発生し、環境や景観が悪化する。都市のより良き発展には、都市計画、規制が必要になる。競争的市場経済を中心としつつ、マイルドな規制を導入することが重要になるだろう。

労働の問題もやはり同じであろう。

(訳)
救貧法が一国の純収入をまだ全部を使いきるまでにいたっていないのはこの教区毎の適用でとどまっているためだ。同時に、必要以上に強制的にならないですんでいる。もし、法律により、すべての人間が快適な生活を保障する補助を受けることになれば、救貧税は極めて重いものになるだろう。それに比べれば、他のすべての税金はしれたものである。このような法律が、一国の富と力を弱め、惨めなものとすることは明らかである。労働者は、生存を可能にする賃金を得ること以外に何の目的もなくなる。知的にすぐれたものと、そうでないものの区別をなくす。こころを肉体の要求のままにしたがわせる。そして、ついにはすべての階級の人々が貧困にあえぐことになるだろう。幸いなことに、これらの法律は、繁栄の時期に導入されてきた。人口が増加する一方、労働者を補助する基金も増加してきたのだ。しかし、もし発展が遅かったら、もし発展が止まり定常状態になったら、救貧法の悪しき特性、恐るべき特性があらわになるだろう。そして、それを廃止することは、追加的な問題により、益々困難になる。

It is to this cause, that we must ascribe the fact of the poor laws not having yet absorbed all the net revenue of the country; it is to the rigour with which they are applied, that we are indebted for their not having become overwhelmingly oppressive. If by law every human being wanting support could be sure to obtain it, and obtain it in such a degree as to make life tolerably comfortable, theory would lead us to expect that all other taxes together would be light compared with the single one of poor rates. The principle of gravitation is not more certain than the tendency of such laws to change wealth and power into misery and weakness; to call away the exertions of labour from every object, except that of providing mere subsistence; to confound all intellectual distinction; to busy the mind continually in supplying the body’s wants; until at last all classes should be infected with the plague of universal poverty. Happily these laws have been in operation during a period of progressive prosperity, when the funds for the maintenance of labour have regularly increased, and when an increase of population would be naturally called for. But if our progress should become more slow; if we should attain the stationary state, from which I trust we are yet far distant, then will the pernicious nature of these laws become more manifest and alarming; and then, too, will their removal be obstructed by many additional difficulties.

Kota Nakako

2019/2/21

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