日米経済と市場展望(証券アナリストジャーナル2016年9月号より)

2016-09-20

証券アナリストジャーナル2016年9月号より

「日米経済と市場展望」(武者陵司、㈱武者リサーチ代表、2016.7.4日本証券アナリスト協会講演会要旨、証券アナリストジャーナルSEP. 2016掲載)

 

著名なストラトジスト武者氏の優れた講演をまとめたもの。まず、そのグローバルな視野、よくここまで世界の主要国、地域の注視すべき動きに目配せできるものだ、と感心させられる。但し、意見を異にするところもある。まず武者の講演要旨をわたしなりの理解で簡単にまとめ(詳細と正確な内容の把握には本誌を参照いただきたい)、その後私見を述べたい。

武者氏の講演要旨のまとめ

世界経済の底流に流れる2つの不可逆的トレンド

①グローバリゼーションの進展、国際分業の深化、②技術革新、特に情報化革命による生産性の飛躍的向上。

日本株が一人負けとその背景、世界の中央銀行として行動する米FRB

2016年から主要国の株価指数がほぼ横ばいで推移する中で、日本だけが日経平均株価で2割も下がっている。主因は2割にもおよぶ円高。その背景に、人民元の引き下げ阻止のため、日本の為替介入を牽制する米国財務省の姿勢がある。FRBは、米国の中央銀行としてでなく、世界の中央銀行として行動している。

危機が進行する中国

過剰な建設投資を行った結果、中国は、深刻な過剰供給能力と潜在的不良債権を抱えている。人民元が急落すれば、中国からのデフレ輸出が世界中を覆うことになる。

景気拡大が続く米国

米国経済は、情報化革命の下で、新たな好循環を生み出している。米国景気の展望は楽観的に見ている。その理由は、以下の4点。①サービス消費主導の経済拡大が顕在化していること、②住宅投資の拡大、③公的需要の拡大が長期的に期待できること、④信用循環において2021年頃まで信用拡大が期待できること。

利潤率と利子率の乖離

利潤率と利子率の乖離が著しく拡大しており、超過利潤の滞留が起こっている。量的金融緩和はその解消を狙ったもの。3つの解消策がある。①余剰資本を政府が借金して需要創造する、②所得政策として企業に雇用者の給料を上げさせる、③超金融緩和による資産価格高(株高、不動産高)により資産効果を生み出す。

日本株割安の是正

日本は現在世界で一番資本が滞留している国。アベノミクスは、日本の金融や経済の歪みを大きく変えようとしている。日本の歪みは大きく3つある。①家計の資産配分でリスク資産は2割しかない(米国は7割以上がリスク資産)。②その結果としてのリターンギャップ(利潤率と利子率の乖離)、③家計所得の構成:日本の家計所得はほとんどが労働所得。日本では資産所得を高めようとする政策は格差の拡大だという批判が高まり、資本主義としてのチェックアンドバランスの機能が働いていない。

日本企業の収益力の復活してきていること。日本はエレクトロニクス製品の分野で敗北を喫したが、現在、収益を復元しているのは、センサー、アクチュエーター等、単なるコストではなく多様な差別化が存在しており日本企業が優位性を発揮できる分野。このビジネスモデルはサービス業その他の分野でも当てはまる。

(私見)

PERで見る利潤率と利子率の乖離

まず、利潤率と利子率の乖離を何をもって論ずるかを整理する必要がある。武者氏は、例として日米企業のROEと10年国債の利回りによって議論を展開している。本稿は講演の内容で、学術論文やリサーチレポートではないので武者氏の問題意識を大まかに提供していると見るべきであろう。時価ベースの資本の収益率はPERの逆数の株価収益率で見てもよいだろう。

日本株はなぜ割安なのか?

現在、S&P500のPERは25倍程度なので、資本収益率は4%程度である。これに対して10年国債は1.7%。スプレッドは2.3%程である。これに対して日本のTOPIXのPERは15倍弱、つまり資本収益率は6.6%程度、10年国債の利回りは-0..05%、スプレッドは6.6%程度と米国よりも4.1%ポイントも大きい。ここに、日本株が相対的に割安ではないか、という議論がでてくる。もっとも、キャップレート(還元利回り)は、r-g、つまり資本コストから成長率を引いたものであるので、米国の株価が相対的に高いのは成長率の差を表したもの、という議論が成り立つ。いずれにしても日本の乖離が大きいのが目立つ。武者氏の議論は私なりの解釈では、何故、日本株は割安なのか、何故スプレッドが6.6%もあるのか、ということになる。

リスク資産に向かわない貯蓄

つまり、滞留した資本がリスク資産に向かわず、安全資産、現金、預金、国債に向かっていることを暗示している。この問題意識は私も共通にもっている。一方で、国債の利回りが人為的に低く設定されているという解釈も成り立つ。しかし、国債の利回りが日本経済の名目成長率を表しているとすれば、0%は妥当という見方もできる。とすれば、やはり、前者、つまり日本株が過小評価されている、という見解が妥当ではないか、という感触を私は持っている。

日銀の量的金融緩和はISバランス範疇の話

日銀の量的金融緩和について、武者氏は滞留した資本を実態経済に還流させる手段、と述べている。私は、これはISバランスの範疇の話であろうという見方をしている。つまり、経常収支が黒字で、しかも家計部門も企業部門も貯蓄超過にあるとすれば、政府が投資をしなければ、ISバランスは成立しない。日銀の国債の買い入れは金利を低下させている。これは、流動性のわなに陥っていない経済においては投資を刺激する効果がある。しかし、有効需要が不足している状況では貨幣への投機的需要にむすびついてしまい金融緩和の景気刺激策としての効果は消えてしまう。つまり、滞留した資本は実態経済に還流はしない。民間銀行のバランスシートにあるか、日銀のバランスシートにあるか、の問題だけである。

金利低下の所得移転効果

一方、金利の低下は、所得移転の効果があることに注目したい。つまり、前述したように、日本は家計が貯蓄超過の状況にある。日本の最大の債務者は政府部門である。日銀による国債に買い入れによる金利の低下は、政府部門の利払い費用を低下させる。巨額の債務を抱える政府部門は、低金利は実にありがたいはずである。

もっとも、政府の問題は、国民の問題でもあるので、政府部門の債務が効率的に投下されているのであればとやかくいうものでもないかもしれない。国民としてこれは厳しくウォッチする必要がある。貯蓄超過の家計は金利の低下によりネットの金利収入が減少する。利子率と消費の関係は標準的な経済学のモデルでは因果関係を持たないが、経験的には金利は消費に結びつくという印象がある。つまり金利は、労働に対する対価ではなくおまけという感があるので使い易いのである。勿論、金利の上昇は、住宅投資、設備投資に対してはマイナスに作用する。

発想の転換:社会保障費用は社会的共通インフラへの投資

日本の財政赤字、公的債務のGDP比率が200%超に達していることが問題になっている。特に財政赤字の主因として社会保障関係の費用があげられる。楽観的かもしれないが、それは、必ずしもコストではなく、広い意味での公共財、社会的共通インフラへの政府による投資と捉えることができるのではないだろうか。勿論、無駄な支出は削減しなければならない。しかし、介護を含めた社会保障は、働く世代を生産活動に向かわしめるための施策であり、介護を含めた社会保障関連の産業を生み出しているともいえる。安心、安全、衛生を含めた生活環境、生産環境を整備するため、ソフトを含めた社会インフラへの投資と考えることができるのではないだろうか。そのような発想で社会保障費用を効率的に支出していくことが重要ではないかと思う。

日銀によるリスク資産の買い入れは、カンフル剤

日銀によるリスク資産の買い入れは、カンフル剤であると見ている。つまり、国民に資本をリスク資産へ向かわしめるためのメッセージである。「日銀が買うんですよ。皆さんもリスクを恐れず買いましょう」と。資産効果の方は、2013年、2014年は株価の回復であらわれたものの、2015年、2016年は株価の低迷で打ち消されてしまっているのが現状といってよいだろうか。不動産価格はキャップレートが下がり高騰しているが、賃料水準はなお前回ピークよりも20%超低いといったところであろうか。

法人税の引き下げと配当二重課税の撤廃の必要性:リスクテークへのペナルティーの排除

日本株の割安の是正については、以下の2つの税制の改革、減税が必要であろう。それは、①法人税の引き下げ、②配当二重課税の撤廃である。アベノミクスにより法人税の引き下げは着手されている。企業の積極的なリスクテークを促す意味でも、さらなる引き下げが実施されるべきである。

配当二重課税については、リスク資産の所有者として法人税を支払った後の利益の分配にさらに所得税が課されるようではリスクとる気にはなりにくい。株のキャピタルゲイン、配当に対する分離課税も2014年から20%に引き上げられてしまった。株価の息切れも税制と無縁ではない。リスク資産への投資へのディスインセンティブ(逆誘因)、ペナルティーをなくすべきである。家計の所得構成を変え、余暇消費を増やす、ライフスタイルを変化させるためにも、リスク資産への投資に対するインセンティブを高めるべきである。 

米ドルベースで評価すれば日本株は一人負けともいえない

投資家として、国際分散投資を考える時、円資産に投資するか、外貨資産に投資するかは重要なポイントである。円が2割上がって、株価が2割下がったので、確かに結果論として、円資産間の比較では、株に投資せず、国債や円通貨に投資した方が良かったということになる。但し、リスク資産への投資として日本株か米国株かを選択する場合には、パフォーマンスは同等、リスク資産間の比較では実はそう大差はないことになる。つまり、米株に投資していたら株価が横ばいだったとすれば、為替で2割やられるので、繰り返しになるが、米ドルベースで評価した場合、実は日本株のパフォーマンスは米株とほぼ同等といってよい。但し、武者氏の言わんとするところは日本株がバリュエーションの点から相対的に割安であるということではないかと推察する。その点で同感である。もっとも、このバリュエーションギャップは成長性の違いから説明することも可能かもしれない。 

中国問題が株安、利潤率と利子率の乖離の要因

中国経済の状況は大きな懸念であるとあらためて知らされた。現在の原油安、資源国通貨安の原因はここにあるのである。現在の株安、利潤率と利子率の乖離も、実は中国リスクを折り込んだものとすれば、すべて説明がついてしまう。

グローバリゼーションと情報化革命は国際分業、相互依存の深化で世界平和への道

米国経済だけをみれば当然利上げに踏み切っている状況であろう。しかし、FRBが恐れているのは中国、その他の新興国経済への影響だろう。利上げによって中国および資源関連新興国から資本が退避すれば世界経済危機に発展しかねない、という危惧がぬぐえないということだろう。FRBが世界の中央銀行として行動しているというのは正しいと感じる。これは、グローバリゼーションの深化のあらわれといってもよいだろう。

グローバリゼーション、国際分業の深化は、世界の豊かさの向上にも繋がり、相互依存の世界平和への道でもあるであろう。それは、不可逆な動きであり、またそうあって欲しい。インターネットによる情報革命が、市場経済を進化、深化させている。それによる物的、知的生産性の向上は疑いようがない。強みを発揮し、比較優位分野にフォーカスし、競争するのが、適切な戦略である。

アベノミクスの発想は、あるべき日本の方向性を示している。ただし、イニシアティブをとるのはあくまで個々の経済主体である。それが求められているといえるだろう。

以上

2016.9.19

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