東武鉄道と常盤台(3) 根津嘉一郎と東上線

中湖 康太

根津嘉一郎の経営者としての先進性

東武鉄道の設立は、明治30(1897)年11月1日、「その目的は殖産興業の意欲から両毛起業地と東京を直結し、また沿線各地の産業、企業を開発するだけでなく、路線を北陸地方にまで延ばして遠隔地利用者の利便を図る」というものでした。その目的から、利根川架橋が必須であったわけですが、経営難、資金難から壁にぶつかっていました。その難局に登場し、これを打開し、社業発展の基盤を築いたのが、投資家から経営者へと転身していった根津嘉一郎だったのです。冗費削減、財務体質改善、収益拡大という見事な経営手腕を発揮したことは前回述べました。現代でも通じるであろう根津喜一郎の経営の先進性は、同氏が優れた株式投資家でもあったことからくる、というのが筆者の見解です。

東武鉄道による東上鉄道の合併

東武鉄道は、大正9(1920)年7月に東上鉄道を合併します。東上鉄道の設立は、明治44(1911)年11月に創立総会を開催し、根津嘉一郎(東武鉄道社長)を社長として発足します。東上鉄道は、大正3年5月池袋〜田面沢[1](たのもさわ・埼玉県入間郡田面沢)間の33.5kmの旅客・貨物運輸営業を開始します。東武鉄道と東上鉄道は共に、根津嘉一郎がトップの座にあり、東上鉄道本社も東京・本所の東武鉄道本社内にあったことから、伊勢崎線と東上線という関東有数の基幹線を持つ両社の合併は、合理的かつ自然な流れであったといってよいでしょう。

東上鉄道前史

東上鉄道の前史について少し述べます。20年代の後半から明治30年代にかけて、折からの殖産興業による鉄道熱により、埼玉県南の中心地・入間郡・川越町(現在の川越市)を拠点とした鉄道敷設の起業意欲が沸き起こります。明治29(1896)年には、川越周辺に10件の鉄道敷設計画がありました。しかし、いずれも資金難等から申請却下、免許失効によって実現にいたらなかったのです。

壮大な計画

明治36(1903)年12月千家尊賀(出雲大社宮司の家柄出身の事業家)、内田三左衛門(川越在の豪農)らが発起人となり、東上鐡道株式会社は仮免許申請書を逓信大臣に提出します。その申請書によれば、第1期計画は、巣鴨を起点とし、池袋、上板橋、和光、新座、川越、東松山、藤岡、渋川に至り、第2期計画では、さらに北上し、新潟県長岡に至るという壮大なものだったのです。但し、この計画は、事業遂行のために必要な資金計画と資金的裏付け、そしてより重要なことは経営手腕を必要としていたということがいえます。

東上線下板橋駅構内にある「東上鉄道記念碑」

この計画に対し、明治41(1907)年10月、巣鴨〜渋川間の鉄道敷設仮免許が下付されます。しかし、資金難の壁にぶちあたり、内田三左衛門は根津嘉一郎に「会社創立」を依頼することになりました。東武鉄道も、明治41年11月に伊勢崎線足利から渋川へ、さらに沼田に至る路線を出願していたことから、東上鉄道への経営参画は自然な流れといえます。現在も、東上線下板橋駅構内にある「東上鉄道記念碑」は内田三左衛門の顕彰碑になっています。

リアリスト根津喜一郎に託された夢

ここで、注目すべきは、明治43年6月の東上鉄道の発起人総会で、東上鉄道会社発起申請人上野傳五右衛門から根津嘉一郎へ委任状が提出され、東上鉄道の創立に関する一切の権利が任されている、ということです。つまり、東上鉄道発起人は、根津嘉一郎その人に、その夢、事業を託したということが言えます。これを受けて根津嘉一郎は、同年8月内閣総理大臣桂太郎に東上鉄道創立発起人として届出しています。

根津東上鉄道に本免許

東上鉄道は、大正元年(1912)3月に、大塚辻町〜渋川間に鉄道敷設の本免許を受けます。その後、起点は池袋に変更され、大正3(1914)年5月に池袋〜田面沢(川越市)間33.5kmが営業を開始します。[1]

東上線               東上鉄道開業       大正3.5.1
                          東武鉄道に合併   大正9.4.27

東武東上線の主な駅の開業年月日
現駅名                 旧駅名                 開業年月日
池袋                                                 大3.5.1              
大山                                                 昭6.8.25
中板橋                                            昭8.7.12
ときわ台              武蔵常盤台          昭10.10.20
上板橋                                             大3.6.17
成増                                                 大3.5.1
朝霞                     膝折                     大3.5.1
志木                                                 大3.5.1
ふじみ野                                          平5.11.15
川越                     川越西町              大4.4.1              
坂戸                                                 大5.10.27
小川町                                             大12.11.5
寄居                                                 大14.7.10

[1] 田面沢は大正5年、川越町〜坂戸町の開通に伴って廃止

(参考文献)

東武鉄道65年史 東武鉄道株式会社 1963.8.1
東武鉄道百年史 東武鉄道株式会社 1998.9.30
日本の鉄道をつくった人たち 小池 滋・青木 栄一・和久田康雄 他著 悠書館 2010.5
日本鉄道史 – 大正・昭和戦前篇 老川慶喜著 中公新書 2016.1
日本鉄道史 – 幕末・明治篇 老川慶喜著 中公新書 2014.5

2018/1/17

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