アナリスト出門甚一の冒険 矛盾に満ちたミーティング

村岡昭三との矛盾に満ちたミーティング

出門と房田は、村岡インベストメンツの会議室の通された。しばらくすると村岡昭三があらわれた。村岡は、出門と房田に目を向けるわけでもなく、60センチほど前を見るような感じで席にすわるとようやく出門と房田にチラリと視線を向けた。房田は言った。

― 本日は、ありがとうございます。UPGの株式調査部メディア・テクノロジー担当の出門と一緒に参りました。先日、お話ししましたように、出門は東亜ラジオの株価について割安であるとのレポートを出しております。

村岡は表情を変えなかった。そして出門の説明を求めることなく話し始めた。

― 東亜ラジオは、レインボーブリッジテレビの40%を持っている。その価値が株価に反映されていない、そんなことは説明されなくてもわかっている。言いたいことはそれだけかね。

村岡は、説明されなくてもそんなことは分かりきったことだ、という表情をあらわにした。では、なぜ、それが房田の提案だったとしても、出門とのミーティングを求めたのか、あるいは房田の提案にのったのか。

村岡は、東亜ラジオとベイブリッジテレビの資本関係をホワイトボードに図示しはじめた。そして、大量保有報告書に開示された5.1%という数字を東亜ラジオとベイブリッジテレビの間に書きこんだ。

村岡は、全国1,2位を争う、東大進学校である大阪の南田高校の出身である。南田高校から一浪で東大法学部に進学した。村岡にとってこの1年の浪人は人生にとって最大の屈辱だったろう。東大卒業後、産業経済省に進学したエリート官僚出身である。産経省に勤務したあと、独立してファンドを立ち上げた。村岡にとってその8年はただが脚光を浴び始めたのは、日本テキスタイル株の買い占めからである。

出門は、村岡の反応をみたいため、あえて東亜ラジオの過小評価の理由を数字で説明した。

― 村岡さんがおっしゃったように、東亜ラジオはラジオ会社ですが、ベイブリッジテレビの40%を所有しています。この価値が3200億円あります。仮に譲渡課税が35%だとしても、その価値は2080億円あります。東亜ラジオの時価総額は800億円に過ぎません。東亜ラジオは無借金経営です。つまり、東亜ラジオの株価は解散価値を大幅に下回っています。つまり・・・

といったところで、村岡はそんなことは説明されなくてもわかっていると言わんばかりに出門の説明をさえぎりホワイトボードに、東亜ラジオのグループ関係をさらに書き込みはじめた。

村岡は、ファンドの大量保有報告書がでてから、東亜ラジオの株価が20%ほど上がったが、なお連結純資産価値からして50%程度に過ぎないことにいら立っているようだった。

出門に聞きたかったのは、この50%のディスカウント、過小評価をどう解消するか、ということだったに違いない。

出門も村岡とのミーティングで期待したのは、村岡がその点で、何か意図しているところがあるのか、とうことであった。それを直接聞くことはできないとしても、過小評価解消へのなんらかの示唆を得たいと思ったのである。仮に村岡が、明確なビジョンを持っていたとしてもそれを今、出門に話せるわけはなかった。また、出門も仮にそれを聞いたとしても、それがインサイダー情報であれば、それは使えない情報であった。むしろ活動を制約されることになった。つまり、村岡とのディスカッションは、ただお互いを探り合うしかなかったのだ。

株式リサーチには、それが、様々な小片の情報から得られる合理的な推定であれば、インサイダー情報とはされないというモザイクセオリーというものがある。出門にとって得たかったのは、その合理的推定を可能にする小片の情報であった。しかし、本音を聞いてしまったらそれは使えない情報となってしまうリスクがある。村岡と出門のミーティングはその意味で、双方にとり矛盾に満ちたものであった。

村岡も出門も、東亜ラジオの株価の起爆剤を求めていた。しかし、それについてお互い直接に語り合えない種類のものであったのだ。村岡が出門とのミーティングに応じたのは、そのためである。双方にとり直接語り合えない種類のものであったとしても。

株価は割安である。ただそれは資産価値の点から見ての推定である。東亜ラジオの本業であるラジオ事業は低迷していた。クラウンジュエル、宝石はあくまでもその40%を持つベイブリッジテレビである。そして、グループ関係も、その主導権を握るのは大株主である東亜ラジオではなくベイブリッジテレビにシフトにしているという実態があった。

もちろん割安な東亜ラジオへのTOB、買収というセオリーを語ることはできた。しかし、それもいわばありきたりの話である。出門がそれを語ったからといって村岡はそれを聞き流すしかなかったであろう。

 

 

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