超高齢化時代の家計貯蓄と資産選択(SAJ2017年5月号)

中湖 康太

「超高齢化時代を迎えた日本の家計の貯蓄と資産選択」(祝迫得夫 一橋大学経済研究所教授、証券アナリストジャーナル20175月号)

長期的な日本経済を予想するに当たって興味深い論考である。

本論文の内容を誤解を恐れず要約すれば以下のようになるであろう(詳細、正確には原典参照のこと)。

1.    ライフサイクル・モデルによれば、人口の少子高齢化の進行により、(1)貯蓄率の低下・マイナス化と、(2)家計のポートフォリオのリスク資産から安全資産へのシフトが起こることが予想される 

2.    しかし、貯蓄・家計の保有資産額とも、理論モデルの予想よりも年齢による低下が遅い

3.    家計に占める株式のシェアについても、年齢による低下は見られず、過去20年間のデータに関する限り、少子高齢化の進行は、家計の保有資産額の増加ならびに資産額に占める株式シェアの上昇にプラスの影響を与えている。

4.    90年代以降の家計貯蓄率減少をほぼ相殺する形で、企業部門の貯蓄の上昇が起こっている。企業の保有する資産は、最終的には家計の資産であると仮定すれば、両者の間には代替関係があると推定される

5.    一国貯蓄がプラスの値を保っているのは、民間部門が国債を購入することによって政府債務を補っているからである。しかし、財政赤字が続く中で、少子高齢化が更に進展し、家計貯蓄率が低下すると、一国貯蓄が恒常的にマイナスとなり、貯蓄投資バランスにより、経常収支は恒常的な赤字に陥る懸念がある

6.    海外投資家は、日本国債への投資に当たって、要求するリスク・プレミアムが国内投資家よりも高いと推定されるため、急速なレジームシフト、すなわち、①国債利回りの上昇=国債価格の下落、②急激な円安、が起こる懸念がある

私見

以下の2つのシナリオが想定される

1.    ライフサイクルモデルが示唆する金利上昇、円安シナリオ

日本の財政赤字については公的債務がGDP200%超と先進国の中でもとび抜けて高い。また、財政収支も赤字が続いており、欧米先進諸国と比べてもGDP比で高い状況にある。また、祝迫論文が指摘するように、少子高齢化の進行は、ライフサイクルモデルからすると家計の貯蓄率が低下し、今後、一国貯蓄がマイナスになれば、経常収支が恒常的に赤字化することになる。

為替レートは下落し、円安が進行するであろう。信用力が落ちた中での国家債務のファイナンスを海外投資家向けに行う必要が生じてくる。となれば国債の金利は上昇(=価格は下落)することが予想される。

2.    しぶとい日本の経常収支黒字と少子高齢化の構造変化を乗り越える低金利・どちらかといえば円高シナリオ

現在のところ日本はしぶとく経常収支の黒字を続けている。家計の貯蓄率は少子高齢化の中で低下傾向にあるもののなおプラスを続けている。消費が伸び悩んでいるということが問題視されるが、これは、裏を返せば貯蓄率の低下を抑制し、一国貯蓄をプラスならしめる動物的反応と捉えることができる。

また、企業の貯蓄率が高まっているのは、まさにグローバルな展開の中で相応のリスクバッファーがないと永続的な企業活動ができない、グローバル市場では戦えないという、日本企業の堅実性をあらわした、これもまた動物的反応といえるだろう。日本は、良くも悪しくも島口根性の国であり、また、経常収支の赤字に対しては本能的な危機意識を持っている。

上記2つのシナリオを検討するにあたって、以下の諸点を考慮した。

a.    いずれ適正人口に収束する

以前に述べたことがあるが、欧米先進諸国と比べた場合、日本は国土に対して、人口が多い。現在の少子高齢化、人口減少は適正人口へのレジームシフトの時期にある、と私は見ている。その水準ははっきりとは言えないが、例えば国土がほぼ同等のドイツとの比較でいくと、ドイツの人口は8100万人程なので、8100万人程度が日本の適正人口ということになる。これは、あくまでもひとつの目処である。恐らく、適正人口に近くなれば人口は下げ止まってくるのではないか、というざっくりとした推定を私はしている。それまでのレジ―ムシフト期をどう耐え忍ぶかである。

b.    進行する増税圧力

財政収支の赤字が続く中、増税路線が進行している。所得税、相続税、資産税、消費税が増税されている。適正人口になり、落ち着くまで、社会保障費が重くのしかかり、財政収支は均衡させることは容易ではないが、歯止めは、上記に示した通り、経常収支バランスではないかと感じている。

c.     ”In the long-run, we are all dead.”(長期的には我々は皆、死んでいる)

とケインズは言った。人口に関してはマルサスの誤謬もある(マルサスは人口論で、人口は幾何級数的に増加するが、食料の生産は算術級数的にしか伸びないため、人口増加は悲惨と悪徳によってチェックされることになる、と予想したが、食料生産力の飛躍的な増加により、少なくとも欧米諸国では杞憂に終わった。しかし、マルサスの人口論は社会・経済思想に極めて大きい影響を与えた)。勿論、現在の日本の状況を考えると、とても楽観的にはなれないが、あまり悲観的になることも適切ではないだろう。

以上のような(直感的)考察によって、4:6でシナリオ2を当面想定しているが、いかがなものであろうか。

以上

2017/5/11

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